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海外の切削加工を知る:ニュージーランド編

切削工具と切削加工業界の情報を発信するポータルサイト「タクミセンパイ」をご覧いただきありがとうございます。
当サイトを運営する編集長の服部です。

本記事では「ニュージーランドで使われている工作機械と切削工具のメーカーの情報など、現地の切削加工」についてまとめています。
また、「ニュージーランドの加工に対する考え方や働き方など、日本が学ぶべき切削加工ビジネスのあり方」もお届けします。

*本記事はニュージーランド現地で切削加工に携わるライター「TATSUさん」に作成いただき、編集させていただきました。

【記事の信頼性】
本記事を書いた私(服部)は2014年から切削加工業界に携わり、2020年から「タクミセンパイ」を運営しています。

工具メーカーで営業として500社以上の切削工具ユーザー(工作機械で切削加工されている方)に訪問し、技術支援をさせていただきました。
また、マーケティングとして展示会とイベントの企画・運営、カタログとWEBサイトの大型リニューアルプロジェクト、ブランディングプロジェクトを経験しました。

営業とマーケティングの経験をもとに、切削加工業界で働く皆さまに向けて本記事を執筆しています。

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ライターTATSUさんについて

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日本でNC旋盤とマシニングの機械工として7年ほど働き、その経験を活かし2017年にニュージーランドへの海外移住を決意し、単身渡航しました。

現地金属加工会社に就職し、今年(2023年時点)で8年目になります。
仕事では主にY軸付き複合旋盤をメインに旋削加工、ミーリング加工にて農業用部品、鉄道関連部品、カメラ用精密部品など様々な加工をしています。

SNSでの発信にも力を入れていますので、フォローいただければ嬉しいです。
X(旧Twitter)とInstagramでは切削加工関係、Youtubeではニュージーランドでの生活などを発信しています。

ニュージーランドの製造業の実態

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ニュージーランドの主な産業は畜産業ですが、先進国の1つとして製造業も存在しています。

国自体の歴史は200年と短いですが、産業革命が起きたイギリスを筆頭にヨーロッパ各地からの移民が多く、そこから技術が流れ込んできていると考えると、ある意味日本より製造業の歴史は長いのかもしれません。

ニュージーランドにはかつて車の製造ラインがありました。
今では撤退してしまいましたが、農業をはじめ鉄道・交通から宇宙航空関連まで製造する部品は幅広く、この国にとって製造業はなくてはならないものです。

ニュージーランドの工作機械について

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工作機械はDMG森精機を筆頭に、ヤマザキマザックやオークマなど、ニュージーランドでは日本の有名な工作機械メーカーが使われています。

私の働く会社の工作機械は全て韓国製のDOOSANです。
日本では入手が困難な韓国製工作機械ですが、日本メーカーより格安な韓国製を置いている会社がニュージーランドには多いです。

ニュージーランドの切削工具について

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ニュージーランドの製造業は規模が小さいながら、様々な切削工具メーカーが参入しています。

私の会社が扱っている切削工具メーカーの中ではSandvikの取り扱いが一番多いです。
その他の海外メーカーにIscar、GUHRING,、PH HORNなどがあり、日本のメーカーでは住友電工ハードメタル、京セラ、BIG DAISHOWAなどがあります。

ニュージーランド発の切削工具メーカーがあると聞いたことがありますが、未だに現物を見たことがないため、小さな会社なのかなと思います。

海外の切削工具に依存したニュージーランドならではの問題があります。
ほとんどの切削工具が海外からの輸入になるため、国内に在庫を持ち合わせていないと納期がかなりかかってしまいます
長い時だと数ヶ月待つこともあります。

そして、値段は日本より高めの設定で、日本だとエンドミル1本が数千円で手に入りますが、ニュージーランドでは最安値でも1本8,000円~10,000円です。

そのため、日本よりも圧倒的にコストをかけて切削加工していることになります。

ニュージーランドの加工に対する考え方

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日本で7年、ニュージーランドで6年切削加工に携わって感じた、加工に対する考え方の違いを紹介します。

まず1つ目は、ニュージーランドは昔から物が足りていないことが多いため、何でも自分たちで作るという精神が根付いています。
そのため、思った通りの寸法や形を加工できる工具がなかったとしても、何とか工夫して形にしようとします。

例えば測定器具のノギスで内径溝を測りたいが、特殊ノギスを買うと高いので、干渉部分をグラインダーで削ったものを見た時はさすがに驚きました。

2つ目は精度や見た目に対する考え方です。
日本だと図面に指定されている面粗度をクリアしていても、見た目が綺麗でないと作り直しすることがあったりなかったりしますが、ニュージーランドでは図面をクリアしていればOK、もしくは組み立てた状態でちゃんと目的通りの動作を確認できればOKです。

日本のようにメーカーと加工会社の間にいくつも商社やブローカーが入ることが少ないので、ある寸法を出すのが大変だったり図面に不備があったりしてもすぐ相談・対応できます。
きれいな面粗度が必要のない箇所は荒加工だけで仕上げることもありますし、少し傷や打痕がついたとしても製品上問題がなければ納入したりします。

もちろんそれがいいか悪いかは別として、過剰な精度や見た目を求められない、問題があればすぐに設計者に相談ができるという環境は、生産効率的に言えばかなりプラスになります。

さらにメーカーと直接取引ができるため、加工単価も比較的高いことがメリットです。
日本のように同業者が少ないため、価格競争が発生しにくいというのがあるのかもしれません。

ニュージーランドで働く環境について

ニュージーランドは非常に労働環境が守られている国です。
実は1日8時間労働を1860年頃に世界に先駆けて導入した国の1つでもあります。

そのため、ほとんどの会社が残業なしの定時に終業し、従業員は残業することなく家に帰って自分や家族との時間に使います。

私の会社の勤務時間は7時半~16時で、残業することなく8時間働いて終業しています。
最初はこんなに早く帰っていいのかとかなり戸惑いましたが、逆に帰らないと無駄に残業代が発生してしまうため、早く帰れと促されます。
今ではこの環境に慣れてしまって、定時近くになると帰る準備をするようになりました。

もう1つニュージーランドと日本で少し違うところがあるとすれば、それは給与体制です。
ほとんどの企業がフルタイム(正社員)であっても、時給制か年俸制を導入しています。
そして日本にはあるボーナスという制度がありません。

そのため、入社時から時給が高く設定されています。
最低時給が私がニュージーランドに来た2017年頃は16ドル(約1,400円)だったのが、2023年現在では22.7ドル(約1,960円)になっています。

日本からすると比べものにならないくらい高いですが、物価の高騰などもあり、これ以上もらえないと生活していくのが厳しいという側面もあります。
ニュージーランドの平均年収は62,000ドル(約520万円)で、時給に換算すると約29.7ドル(約2,500円)になります。
平均世帯収入では約900万円あたりなので、子持ちの家族であれば、これくらいが最低限欲しいといったところだと思います。

そんな物価が高いニュージーランドですが、日本ではあまり馴染みがない文化として良かったなと思うことがあります。
それは自分で給料の交渉ができること、もしくは転職をして給料を上げることが一般的ということです。

私も今まで何回か給与交渉をして年収をアップさせてきましたし、他の会社からオファーを受けてそれを材料に交渉して給料を上げてもらったということもありました。
もちろんその業界での給与上限などもあるかもしれませんが、物価の上昇もあってその基準も年々上がってきています。
いつまでも同じ給料だと自分の生活が厳しくなるばかりなので、しっかり行動する必要があります。

深刻な人材不足ということもあり、経験や技術を持っているエンジニアが引く手あまたになっており、軒並み給与水準が上がっているという現状もあります。
日本では切削加工業界は3Kと言われ敬遠されがちですが、ニュージーランドでは自分の持つスキルや経験を高く評価してくれます。
そして、会社だけでなく周りの友達からも機械加工エンジニアというだけで「凄いね」と言われるため、日本でやっていた時より自信を持つことができました

日本との働き方の違いでもう1つ紹介しておきたいのが、有給休暇の取りやすさです。
もちろん日本と同様に有給取得の義務という部分は変わらないですが、日本はまだまだ取得に関して寛容ではなく、実態としては取りにくいことが多いのではないでしょうか。

一方、ニュージーランドでは1年間に与えられる20日の有給休暇の消化率が非常に高いです。
さらに、有給休暇とは別に病欠休暇や忌引休暇が与えられており、無駄に有給を使わずに通院したり、家族の看病であっても病欠休暇が使えます。

私も以前、妻が生まれたばかりの子どもの育児で睡眠不足が続き、さらに異国の地で他に頼める家族がいなかったため、病欠扱いで1日休みを取ることができました(もちろん給料は出ています)。

有給休暇のことをみんなホリデーと呼んでいて、これは自分の好きなことをする休暇、遊ぶための休暇なのだと彼らは理解しています。
基本的に有給申請を断ることはよっぽどの理由がない限り法律で禁止されているため、定期的に休みを取ろうがまとめて長期に休むかは本人次第です。

もちろん事前に報告をしなければいけないというのはありますが、前日に言って有休を取れたケースも何度もあります。
私は日本に1~2年に1回帰国するため、そのタイミングでまとめて1ヶ月の休みをとります。
日本滞在中も給料が振り込まれるため、本当に助かります。

日本では考えられないような働き方ですが、これがニュージーランドのスタンダードです。

働く時間が少ないニュージーランドの給料が高い理由

なぜ働く時間が圧倒的に日本より少ないのに、給料をここまで高く設定できるのか。
この記事を読まれている方は少し気になっているかもしれないので、私の見解を書かせていただきます。

まず1つ目が適正な価格設定だと考えます。
日本の文化と同じく、ニュージーランドでも加工1つ1つに見積もりをして価格を設定しています。
そして、その価格がしっかり給料として払えるような設定になっています

もちろん日本であっても見積もりを出す時は、利益が出て給与が支払えるように計算されていると思いますが、私の感覚だと日本よりも少し高めの価格設定です。
量産モノだと大体1時間7,000~10,000円ほどです。
私が日本にいた時は1時間約3,000~5,000円だったので、約2倍くらいの価格に設定されています。

給料が高い理由のもう1つ要素は、若手社員から経験豊富なシニアエンジニアまで、みんなで意見を交換しているからだと考えます。
上司や部下などの役職や立場は関係なく、何か問題や意見があれば報告しあってみんなでを解決するため、1人で考えて無駄な時間を過ごすよりスピードが早いです。

もちろん自分で考える能力を鍛えることも大事だとは思います。
しかし、自分では考えつかなかったり、今まで見たこともない治具や加工方法などをシェアしてくれる時もあり、とても効率が良いなと感じています。
自分自身も何かいいアイデアがあればすぐに仲間に共有するようにしています。

給料が高い理由をさらにもう1つ挙げるとすると、加工品の半分以上で3Dモデルが提供されていることだと考えます。
ニュージーランドの製造業全体で3Dモデルの提供が一般的であり、ほとんどの作業をペーパーレスで進めることができます。
CADCAM上で複雑なNCプログラムをヒューマンエラー少なく作成できるため、生産性が高いです。

日本には海外と比較して無駄な部分がたくさんあるとよく聞きますが、私はそこまで無駄があるとは感じません。
日本には日本独自に作り上げた仕組みや歴史があり、トヨタ生産方式などはニュージーランドでも取り入れている企業が多いです。

高度経済成長期を経て産業大国になった日本ですが、現在の状態を見るとかつての勢いはなく、1人当たりのGDPが先進国の下位に後退しています。

要因は様々あると思いますが、私がニュージーランドで働いて感じたことは、新しいことを取り入れるスピードが日本より圧倒的に早いということです。
日本はこのスピード部分が他国に劣っているなと感じました。
いい部分はすぐに取り入れ、過去の栄光にとらわられずに常に成長し続ける企業でないと、日本で勝ち続けることは難しいかもしれません。

そして、日本は人材投資がとても少なく、内部留保が多い国だと聞きます。
私が働くニュージーランドでの待遇は、日本とは違って非常に手厚く、ストレスなく働くことができています
これらは働いている人の満足度や生産効率に極めて密接に関わっているため、日本の企業は人材への先行投資をもっと重要視すべきではないかと考えます。

ライターTATSUさんよりさいごに一言

若い人が日本のものづくり業界、切削加工業界に興味をもつことが少なくなる中で、業界の楽しさや醍醐味を知ってもらうためには、この業界にあったマイナスのイメージを払拭していかなければいけないと思っています。

油まみれで臭いもキツく、長時間労働という先入観があるかもしれませんが、いかに「ものづくり」が楽しくてやりがいがあるものなのか、発信して変えていきたいと思っています。

そのような志で少しでもこの業界の良さを知ってもらいたいと考え、「X(旧Twitter)」「Instagram」「Youtube」などのSNSで情報発信しています。
SNSでは海外移住したい人向けにも情報を発信していて、日本のエンジニアこそ世界に羽ばたいて欲しいと思っています。

一旦外に出てみることで、新しい発見や価値観が生まれることがあります。
若者の流出や高度人材の流出というのは一見デメリットにも見えますが、日本社会にとってはいい刺激になるのではと考えています。

スキルを持った人材がもっと貴重な存在になればエンジニアの価値が上がり、イメージの向上が期待できるのではないかと思っています。

海外の日本製品に対する信頼はまだまだ高いです。
私もいつか日本に戻るかもしれませんが、世界に誇る日本ブランドを失わないためにも、どんどん新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。

編集長コメント

「海外の切削加工を知る:ニュージーランド編」いかがでしたか。

本記事を編集して感じたのは、「カッコイイ」。
海外移住を決意して単身渡航されたTATSUさんの行動力だけでなく、本記事から伝わってくる切削加工に対する考え方は非常に素晴らしいと感じました。

ニュージーランドにおいて切削加工業界が満足のいく給料を払える背景として、「適正な価格設定」「意見交換しやすい職場環境」「3Dモデルの提供」を紹介していただきました。
この3つのポイントは、日本が今からでも取り組める内容だと思います。

切削加工業界で働きたいと思える適正な給与が支払えるように、これらの取り組みで利益をしっかり確保できる仕組みを構築する必要があると感じます。

タクミセンパイとしても、切削加工業界全体をカッコいい、働いてみたいと思えるような仕事にしていきたいと考えています。
そのために、現在切削加工業界で働いている皆さまに向けてはビジネスで勝つためのヒントを、学生に対しては切削加工の面白さを発信していきたいと思います。

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