切削工具と切削加工業界の情報を発信するポータルサイト「タクミセンパイ」をご覧いただきありがとうございます。
当サイトを運営する編集長の服部です。
今回、イスカルジャパン株式会社 マーケティング本部 統括副本部長の長竹 誉志様に、日本と海外の切削工具市場についてインタビューさせていただきました。
はじめに
長竹様について簡単に紹介させていただきます。
長竹様は、イスカルジャパン株式会社にて金属加工のコスト削減手法、新規事業開拓、製品技術、マーケティングを専門に、独自の視点とマーケティングでお客様と会社に貢献されています。
イスカルジャパン株式会社以外にも、大手外資系切削工具メーカーでの勤務経験もあり、海外事情をお聞きするのに適任でした。
1. 切削工具業界の勢力図
タクミセンパイ服部(以下、服部):日本国内と世界の視点で切削工具業界の勢力図を教えてください。
日本の切削工具市場
イスカルジャパン株式会社 長竹様(以下、長竹様):日本国内の切削工具市場については、三菱マテリアルと住友電工の売上高が大きいです。
国内の切削工具市場は、流通の力が強いことと、縄張り争いや不可侵条約的な制約があって、シェアはほぼ拮抗しているという課題があります。
日本の切削工具メーカーの海外進出については、機械工具販売店が進出している東南アジアにおいては強いです。
世界の切削工具市場
長竹様:世界の切削工具市場については、サンドビック、イスカル、ケナメタルが市場の50%以上を占めています。
世界的に見てみると、日本は国内の切削工具メーカーが強く、特殊な市場であるといえます。
2. 切削工具の技術トレンド
服部:切削工具の技術トレンドについて教えてください。
長竹様:技術トレンドについて、3つのカテゴリでご説明します。
複合加工機用ツール
長竹様:大手メーカーは、複合加工機用のツール開発に資源を投資している傾向にあります。
これまではミーリング工具と旋削工具が主流でしたが、旋盤用のミーリング工具や5軸加工用の複雑加工ツール、Y軸で加工するツールなどが登場し始めています。
コーティング
長竹様:2つ目のトレンドが、コーティングです。
コーティング自体は新しい技術ではありませんが、現在も研究が進んでいます。
コーティングとしてはTiN(窒化チタン)が主流ですが、シリコンやクロムを塗布することで切削熱を抑えるなどの化学技術が進歩しているため、各社開発資金を投じる新しい時代に突入し始めています。
切削工具の開発要素としては、コーティング以外に母材と工具形状があります。
母材に関しては未知数なことが多いですが、新たなバインダーが見つかると大きな変化が起きる可能性があります。
工具形状は多面鍛造技術の進化によって、複雑な形状を高い精度でつくれるようになってきています。
IoT
長竹様:3つ目がIoT(Internet of Things , モノのインターネット)です。
切削工具にICチップを搭載してIoT化して、工作機械や計測器で読み込ませることが、技術的に可能な段階にきています。
しかし、工具メーカー単独では現場に導入を進めるのが難しいと考えています。
切削工具のIoT化推進のためには、音頭を取る企業が登場し、デファクトスタンダードをつくる必要があると考えます。
切削工具のIoT化については、海外のメーカーが開発も導入準備も進んでいるため、日本メーカーはスピードを上げる必要があります。
IoT化した切削工具は各社開発を進めており、市場の受け入れ態勢が整ったタイミングで公開されていくと思います。
3. 日本と海外のメーカー
服部:日本と海外の切削工具メーカー、特にマーケティングの違いを教えてください。
日本の切削工具メーカー
長竹様:日本国内の切削工具市場は流通が強く、切削工具ユーザー(工作機械で切削加工されている方)とメーカーがダイレクトでやり取りすることを機械工具販売店が嫌がることがあります。
そのため、日本の切削工具メーカーは切削工具ユーザーから取得できているデータが少なく、現場からヒントを得た製品開発やプロモーションが難しくなっています。
そして、流通が強い市場であるため、販売店の手離れが良い製品に特化した開発やプロモーションが行われる傾向があります。
日本の切削工具メーカーが実施しているのは流通マーケティングであり、プロモーションも流通に相性が良いサンプル提供を実施することが多いです。
海外の切削工具メーカー
長竹様:海外の切削工具メーカーは切削工具ユーザー(工作機械で切削加工されている方)と直接繋がっており、収集したデータを裏付けとした戦略をとることができます。
そのため、切削工具ユーザーのことを理解した製品マーケティングが実施されています。
データを取得できているため、海外の切削工具メーカーは工具開発部門と同規模で、データの収集や活用のためのIT開発部門の力が強くなっています。
海外の切削工具ユーザーは日本国内と比較して、職場でのIT利用が進んでいるため、情報を直接届けやすい環境があります。
そのため、海外の切削加工メーカーは、情報発信にリンクトインなども活用しています。
また、国内の切削工具メーカーと比較して、海外は製品開発の承認フローが短いため、開発スピードが圧倒的に異なります。
服部:日本と海外で切削工具メーカーが実施しているマーケティングは全く異なりますね。
私もバリ取り工具メーカーの国内マーケティングを担当していたため、流通のことはよくわかります。
流通の力が強いことで、全国のユーザーに製品を短時間で届けることができるようになりました。
切削工具メーカーがまだ小規模な時期や、物流が発達していなかった時代においては、流通の強さがプラスに働くことが多かったと思います。
ただ、現在はMISUMIやモノタロウなどのECサイトの勢力が強くなっているため、流通の強さが業界の発展を妨げてしまっているケースも出てきていると思います。
具体的には、どんな切削工具ユーザーが製品を試してくれたか、採用してくれたかの情報がメーカーに届きにくい構造が問題です。
4. 日本と海外の切削工具ユーザー
服部:日本と海外の切削工具ユーザー(工作機械で切削加工されている方)の違いを教えてください。
日本の切削工具ユーザー
長竹様:日本国内の切削工具ユーザーは良くも悪くも安定志向であるといえます。
過去採用された切削工具と加工条件を大切にしており、変更を嫌う傾向があります。
その背景には、担当者が責任を取るのを避ける、リスクを冒したくないという本音があります。
ただし、担当者だけに原因があるわけではなく、上司や納品先の承認フローに課題があったりします。
また、工具の変更や加工条件の変更で製造原価を下げることができたとしても、納品先からその分コスト下げてほしいと依頼されてしまうケースもあるようです。
海外との大きな違いとして、日本は加工した後の仕上面にこだわるため、サーメット製の工具が人気です。
サーメットが売れているのは日本市場くらいです。
海外の切削工具ユーザー
長竹様:海外の切削工具ユーザーは工具の改善が担当者の評価につながるため、新しい切削工具の採用や条件変更に積極的です。
また、工具単価だけでなく段取り時間もしっかり考えており、できる限り機械を止めずに加工する方法を追求しています。
そして、製造原価にシビアです。
服部:切削工具ユーザーについても、日本と海外で全く異なりますね。
日本は工具変更と加工条件変更の承認フローと業界構造に問題があり、担当者レベルではどうすることもできず、かつ時間が解決するようなものではないと考えます。
切削工具の情報サイトであるタクミセンパイとして、担当者が積極的に工具と加工条件の改善を進められるようにサポートしたいと思います。
5. 日本と海外の機械工具販売店
服部:日本と海外の機械工具販売店の違いを教えてください。
日本の機械工具販売店
長竹様:日本国内の機械工具販売店は、切削工具ユーザー(工作機械で切削加工されている方)からの突発依頼や値下げ依頼への対応、納期厳守や欠品しないことを重視している傾向にあります。
また、切削工具メーカーと販売店の関係性が強すぎて、ユーザーファーストの提案ができていないケースもあります。
今後生き残っていく販売店は、特殊工具の自社対応など、付加価値を提供している会社だと考えています。
海外の機械工具販売店
長竹様:海外の機械工具販売店は、日本の5~10年先を進んでいると感じます。
海外は機能を持たない販売店は存続できず、カタログ品の注文などの単純業務はECサイトで対応し、付加価値のある業務に力を入れています。
工具だけでなく機械も販売をしている販売店が多く、技術面に優れており、加工プログラムを作成して提供することもあります。
機械の立上げ段階からプロジェクトに参加することで、切削工具の提案にも繋げています。
メーカーより知識が豊富なこともあり、切削工具ユーザー(工作機械で切削加工されている方)は販売店に直接相談して問題を解決することができます。
提供している付加価値が大きいので中間マージンは大きいですが、販売店は加工技術のプロフェショナルとして切削工具ユーザーに対応しており、満足度は非常に高いです。
切削工具は特定のメーカーを優先することはなく、切削工具ユーザーにとってベストな製品を組み合わせて提案することを心掛けている方が多いです。
服部:国内営業の経験があるため、日本の機械工具販売店のことはよく知っていますが、海外とここまで差が開いているとは驚きました。
ただ、5~10年進んでいるという海外の販売店は、まさに日本が目指すべき姿であるなと思いました。
提案型営業を目指すとなると、メーカーより詳しいというレベルに到達するのは難しいまでも、カタログに記載されている範囲においてはメーカー同等レベルの対応力が必要ですね。
日本国内の流通が強いという構造がこのまま続くと、各メーカーがそれぞれユーザーとの直接交流の仕組みを構築し、MISUMIやモノタロウ等のECサイトが販売機能に置き換わる未来が予想されます。
6. イスカルの強み
服部:さいごに、イスカルジャパン株式会社の強みを教えてください。
長竹様:イスカルの本社に訪問して感じたことは、テクニカルセンターで機械を操作していたスタッフが開発部門に移動し、新製品を生み出していることが多いことです。
開発担当者がユーザーの一面も持っており、「こんな製品があれば」というところからユニークな製品が誕生することがあります。
他社の外資系大手切削工具メーカーでは、理詰めで製品を開発し、安心して利用してもらうことを目指されていることが多い中、イスカルはユニークな製品が多いです。
イスカルは突っ切り・溝入れ工具が強く、ヘッド交換式ドリルも成長して今では世界トップシェアです。
工具開発費と同等レベルでITに投資しており、工具管理ツール、モニタリングシステム、ECコマースとの連携、IoT型工具等、様々なことに取り組んでいます。
国内のマーケティングについて、イスカルもサンプル提供は実施しています。
ただし、事前にユーザーとテスト内容のゴールを設定し、目標数値に達成した場合はサンプルを購入いただき、達成できなかった場合は無償で提供するなど工夫しています。
ユーザーの方が責任を取りにくい立場にあるため、メーカー側が責任を持つという姿勢を示し、お互いに本気で取り組んでいます。
編集長コメント
イスカルジャパンだけでなく、その他の外資系大手切削工具メーカーでの勤務経験がある長竹様から、国内と海外を比較した貴重なお話をお聞きすることができました。
日本には海外に負けない工作機械、ツールホルダー、切削工具のメーカーがたくさん存在しています。
ただし、流通が強いという業界構造によって、海外から大きく差をつけられてしまっており、危機感を感じました。
業界の構造変化をただ待っていると、世界から置き去りにされてしまう可能性があるため、タクミセンパイとしてできることを進めていきたいと思います。
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